デパプリ27

デリシャスパーティ♡プリキュア27
コメコメがまわりの子どもたちとの違いに悩む回。
同年代の友達ができたのに、耳と尻尾が目立って、それが気になってしまう。
耳と尻尾を隠そうとがんばるがうまくいかない。
そこを助けてくれるのは、かつて同様の悩みを抱えていたらんちゃん。
見た目を変えるより、自分のハートを変えるのはどう?と伝える。
これは大人にも刺さるアドバイスだなと感じる…。
自分の捉え方を変えることで…対面している状況を変えることができるかもしれない。

さて、この回はリアタイを逃して日記も遅れてしまった。
そこでなんとなく思い起こすことがあった。
そもそもこの日記は、各話の思い出を忘れないためだった。
それで、記憶は確かになったか?各話を忘れずにすんだか?
答えはNoだ…恥ずかしい限りだ。
でもそれはそうだよなぁとも思う。
一度見て、思い出を書いて、なんでも覚えられたら、勉強の必要なんてないわけで。
こんな日記でも、勉強の大切さを知ることになろうとは。何か悔しさを感じる。
この日記は、文章を書く練習にはなっているかもしれないが、復習にはならない。
ちっとも悪いことではないけど、残した文章はいったいなんなの、って気持ちにもなる。
人生は刹那的で、大して残るものもなく、過ぎていってしまうものならば、自分は何のために生きているのだろうか?娯楽を消費するため?
なんだろう。今までそうだったし。それでいいのかもしれない。
でも、それならば人生の苦しみはミニマムにしたいね…。
仕事で疲弊してどうするんだろうね。幸せってなんだろうね。
幸せに生きていればいいことあるのかな?
ただ流れていくだけの時間に意味はあるのかな?
自分のしている仕事なんて、お金を生成するだけで、何の価値も見いだせない。
誰だってそうなんじゃない?自分の仕事に誇りなんて持てるの?
自分の人生に明確なビジョンなんてあるの?それが何の役に立つの?
自分にはそれはない。ないってことだけはわかっている。
でもそう考えると、何かをやっても意味はない。
やってもやらなくても意味はない。それはそれで楽なのかもしれないな…
なんだかよくわからない焦燥感、なにかしなければという焦りにはひとつ答えを出せた気がする。少なくとも焦る必要はないということだ。
たぶん、たぶんだけど、自分はいつか何かしたいと思うだろう。そのときはそのときで、それまでは、自分の好きなように生きていけばいい。
なんとなくやりたいことがあればそれをやればいい。三日坊主でもいい。
やりたくないときはぐだっていればいい。ゲームでもしていればいい。
ゲームでも、なんて言っちゃったけど、今や最高の娯楽だと思うし、楽しいことを楽しいと言うことは罪じゃないよね?

なんてことを考えた週末でした。
焦らなくていいんだよね。焦らなくていい。